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長崎もぎたて!びわ
[長崎市千々町 森さんご一家] [JA大長崎・大西海ハウスビワ研究会会長 松尾さん





長崎県長崎市千々町
《写真右から》
森 ハルノさん(82才)
  (つねゆき)
  常幸さん (57才)
  (たかこ)
  孝子さん (55才)
  (すみゆき)
  純幸さん (30才)
  まどかさん(30才)

今や長崎県を代表する特産品として、茂木びわの名は全国的に知られ、もちろん生産量は日本一です。その県内生産量の50%を占めているのが、長崎市の東南部に位置する茂木町を中心とした、年間気温が16.5℃という温暖な気候に恵まれた橘湾沿いの太田尾町、飯香の浦町、宮摺町、大崎町、そして千々町。
今回は、その中でいちばん南にある千々町を目指しました。

長崎市街を抜けて車で約20分、風光明美な茂木町に到着。茂木町から、左手に天草、雲仙をのぞむ雄大な景観の橘湾沿いを走ること、約25分。その間、右手の急斜面は、たわわな実りのびわの段々畑が続く、まさにびわ街道。千々町はその街道の突きあたり。日溜まりのような長閑な集落が広がっていました。
戸数120戸、人口約450人。その7割がびわ農家というびわの町です。

ご紹介するのは、びわ作り3代を誇る森さんご一家。ハルノおばあちゃん82才、大黒柱の 常幸さん57才、奥様の孝子さん55才、ご長男の 純幸さん30才、お嫁さんのまどかさん30才。皆さんにびわ栽培への熱い想いを語っていただきました。




とてもお元気なハルノおばあちゃん。
現役バリバリです。

びわ作り60年以上の大ベテラン。自慢は特に、袋かけ。1つの房に20個以上も付く実を摘果し、粒を大きく育てるために3〜4個残して袋をかける作業のことです。おばあちゃんはこの摘果の名人。どの実が大きく育つか、そうでないかの的確な判断には、周囲も一目おいているそうです。

びわ作りの昔と今の違いは?ご苦労は?と聞くと、「そうね、好きでしているので苦労はあんまり思いつかん。」と考えこんでしまわれました。昔は今より木が高かったので、木登りが大変だったけど今は改良されて低くなっているので、ずいぶん楽になったそうです。
大黒柱の常幸さんは、びわ作り3代目!
茂木びわの栽培の歴史は約150年といわれています。森家は常幸さんの曾おじいさんが始められたという事なので、茂木びわ起原間もなく栽培方法を伝授されたようです。「先祖から伝えられたびわ作りが今や長崎県を代表する特産品となっているわけですから、わたしたちには産地を守っていく義務があると思っているんです。」と、常幸さん。質の高いおいしいびわを安定して提供していくという事を基本に、後継者を絶やさないよう家族一丸となって頑張っていらっしゃいます。

頼もしい後継者!
純幸さんは農業を本格的に学んで4代目へ。

高校を出て農業大学校へ進学。卒業してからは青果関係の会社に4年間勤めて、びわ以外の青果を見たり、生産地を訪ねたり、生産者と話をしたりしているうちに、よそに負けないびわを作りたい!と、後継ぎを決心されたそうです。奥様は農業大学校の同級生。「ふたりで生産量を増やす方法や販路拡大などについて語り合えるのはとてもありがたいのですが、まわりに同世代の人が少ないのがちょっと残念……」。しかし 純幸さんには6才を頭に男の子が3人。森家は5代目も安心です。





びわ作りのご苦労は?
ハウスものの出荷が3月から5月半ば、露地ものが5月初旬から5月いっぱい。この時期は朝5時に起きて収穫、選果、箱詰、そして出荷と家族みんなで寝る間もないくらい大変なんですが、一年間、丹精こめた結果が出る喜びの方が大きいので耐えられるのですが、問題は気象条件、さらにやっかいなのが、カラスや鹿などの動物被害。5年前はカラスの集団に襲われて2日間でひと山分くらい食べられてしまいました。
鹿は背丈くらいまでの実を食べてしまうので、その対策が大変なんです。

新鮮なびわの見分け方は?
新鮮さの目安は、果皮にしわがなく張りがあり、表面のうぶ毛が残っているもの。全体的に、形がふっくらしているものをお選び下さい。

おいしい食べ方は?
びわは高級品ですが、食べる時は皮を手でむいて、豪快にがぶり!と食べてください。あまり冷やしすぎないように。柔らかな果肉を傷つけるので、ゴシゴシ洗わないように。

消費者の皆さんへ、ひと言!
一年間、わたしたちが丹精こめて作ったびわ。カロチンをたっぷり含んで栄養面でも注目の的です。たっぷり食べてください。季節の喜ばれる贈り物としても最適です。

 
(C)JA全農長崎